BIOGRAPHY

T-BOLAN、ヴォーカル森友嵐士、ドラム青木和義、ギター五味孝氏、ベース上野博文の4人からなる伝説のロックバンド。

1991年7月10日、シングル「悲しみが痛いよ」でデビュー。
1stアルバム「T-BOLAN」をリリースした後、同年の12月にリリースした2ndシングル「離したくはない」が、異例のロングヒットを記録。
一気にメジャーの舞台にその名を知らしめた彼らの快進撃は、翌1992年に始まる。
この年、4枚のシングル「JUST ILLUSION」「サヨナラから始めよう」「じれったい愛」「Bye for Now」(この曲は、初のミリオンヒットを記録)と2枚のフルアルバム「BABY BLUE」「SO BAD」、1枚のコンセプト・ミニアルバム「夏の終わりに~Acoustic Version~」というリリースラッシュに加え、7月2日日本青年館で行われた伝説のワンマンライブを皮切りに、怒涛の本数のツアーをそれぞれのアルバム毎に行う。
これによりライブバンドとしてもその本領を発揮していく。

1993年もその勢いは衰えることを知らず、シングルを4枚(「おさえきれないこの気持ち」※この曲で初のオリコンシングルチャート1位を獲得「すれ違いの純情」「刹那さを消せやしない/傷だらけを抱きしめて」「わがままに抱き合えたなら」)、フルアルバムも前年同様2枚(「HEART OF STONE」※このアルバムで初のオリコン1位獲得、「LOOZ」)リリースし、この年もそれぞれのアルバム全国ツアーも行うという類まれなスケジュールで、一気にその頂点を目指していく。翌1994年、シングル「LOVE」「マリア」のリリース、2枚目のコンセプトアルバム「夏の終わりにⅡ~Lookin’ for the eighth color of the rainbow~」と、共にセールス面では順調かに思えたが、これまでの急過ぎるハイペースでの活動に、徐々ではあるがバンドの歯車は狂っていく。

アルバムをリリースしないまま敢行されたライブツアー「LIVE HEAVEN '94~'95」。
そのファイナルの1995年3月26日大阪厚生年金会館で、いよいよ森友の喉は悲鳴を上げ、このライブを最後にバンドは活動休止状態に入る。

その後1995年以降もシングル「SHAKE IT」「愛のために 愛の中で」「Be Myself/Heart of Gold 1996」、シングルベストアルバム「SINGLES」※ミリオンセラーを記録、バラードベストアルバム「BALLADS」とリリースを重ねるものの、森友の喉の不調は回復の兆しが見えぬまま、1999年12月に解散という決断をT-BOLANの4人は下すことになる。 後に判明した森友の病名、心因性発声障害。
彼は10年以上にも渡りこの病気と闘うこととなるが、その中で多くの人と出会い、そこから得た様々な思いによって生まれた奇跡の復活。
そして解散から13年経った2012年、メンバー4人の想いを確かめ合い、
T-BOLANとしてもう一度ステージに立ちたいとの想いから再結成を遂げた。
同年、BEING LEGEND Live Tour 2012にてLIVE活動を再開、しかしこのまま活動を推し進めると思った2014年、T-BOLANにとっての始まりの場所である渋谷公会堂の公演を最後に、活動休止を宣言する。1999年、できなかった解散ライブをやりきれた目標を達成した末の決断だった。

それぞれが新たな道を歩む中、2015年3月ベースの上野がくも膜下出血で倒れる。意識不明の状態から手術を行うも、高次脳機能障害を発症。しかし、家族の献身的な看病もあって奇跡的な回復を遂げ、退院祝いを兼ねた4人で食事会を行うまでになった。メンバーは「上野のリハビリの力や目標になれば?」と、2016年12月31日に一夜限りの再結成、カウントダウンライブを豊洲PITで行う。
同日「2017年、T-BOLANは再始動します!」と、発表。

そして2017年夏、T-BOLANは完全復活。
誰もが知る名曲の数々が、2017年夏の終わりに、蘇る。